松本匡史の現役時の成績は?応援歌が意外な人気!!

松本匡史

こんにちは。
かつて、SMAP『青いイナズマ』が流行っていた時に、サビの部分が流れるといつも..

巨人の松本じゃん

と思っていたものですが、1980年代のジャイアンツの名選手が松本匡史(まつもと ただし)さんです。

現役の期間は短かったですが、当時の野球ファンにかなりのインパクトを残した選手でした。

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松本匡史はセリーグ盗塁記録を持っている!!

松本さんは、1954年生まれですから現在は64歳です。

1976年に早稲田大学から巨人にドラフト5位で指名されて入団し、1979年にスイッチヒッター(左右両打ち)に転向してから成績が上がり、1980年代の巨人で、俊足巧打の外野手として活躍しました。

82年と83年には、2年連続で盗塁王になり、特に83年の76盗塁は現在でもセリーグの最多盗塁記録となっているんです!!(ちなみに、日本プロ野球の最多盗塁記録はパリーグ・阪急の福本豊さんの106。福本さんは当時の世界記録も塗り替えたバケモノ級の選手でした(^_^;))
近年は30盗塁台でもタイトルが獲れることが多くなりましたけど、試合数も130試合制と今と比べても少ない中、松本さんの記録がいかに凄かったか…が分かりますね(^^;)

松本さんが活躍していた当時の巨人は、投手は江川・西本のダブルエースで、1番が松本さんで2番が篠塚、3番がクロマティで4番は原、5番に中畑・・・で、キャッチャーが山倉なんて時代で、私が一番熱心に野球を観ていた時代でしたね ^^

しかし、いつの間にか見なくなったな・・・と子供心に思っていたのですが、松本さんは33歳で任意引退していたんですね・・・

松本匡史

 

まだまだ現役バリバリだったはずなのに何で?と思いましたが、どうやら当時の王監督に嫌われたことが原因ではないか・・・とか言われているようですが、本当のところはどうなんでしょう?

任意引退といえば、野茂英雄さんも近鉄を任意引退してからメジャーリーグに行ったんですよね。

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任意引退になると、他球団に行きたくても元の所属球団の同意が必要らしいです。
松本さんにも阪神から獲得のオファーがあったそうですが、球団名を明かさずに同じセリーグの球団からオファーがあった・・・と巨人の球団幹部に伝えたら、「ダメだ」と即答だったらしいです・・・(~_~;)

今だったら、また松本さんも違った形で現役生活を続けることができたと思いますけれど、時代が許さなかった、というところですかね。。。

その後は、解説者や巨人や楽天のコーチを歴任し、2018年からBCリーグ・滋賀ユナイテッドベースボールクラブの監督になりました。
チームの成績は、残念ながら3期連続の最下位・・・ということですが、できてまだ2年のチームですから、これからに期待というところでしょうね ^^

 

松本匡史の応援歌は今でも使われている?青い稲妻の由来は?

松本さんの現役時代の応援歌は、現在でも試合前のヒッティングマーチを演奏する際の前奏として使われていて、ファンも多いようです。

後半から歌詞付きになりますが、その中でも歌われている「青い稲妻」というのが松本さんのニックネームでした。

その由来は、松本さんが青い手袋をつけていたことと、巨人のビジター用ユニフォームが水色だったことからきているそうです。
松本さんの前の1番バッター、柴田勲さんが赤い手袋をつけていたことと対照的なことも併せて青い手袋が目立ったのでしょうね ^^

青い稲妻・・・は、足の速い松本さんのイメージにピッタリ合っていましたね。

眼鏡をかけてプレーをしていたことも印象的でした。
コンタクトが合わなかったようですね。
当時はスポーツ用の眼鏡など無かったため、フレームが曲がったりした時のためにいくつものスペアを用意していた・・・とのこと。

個人的には、NPBの球団で監督をやってもらいたい人でしたが、NPBで通用する若手を育てる今の仕事も、本人としては十分にやりがいを感じながらやっている、と思いますね ^^