楽天・平石洋介新監督はなぜ監督に?現役時代の成績も気になる

平石洋介

東北楽天ゴールデンイーグルスが好調です!

チーム打率や防御率などに特別目立った数値はないものの、勝負強さを感じさせます。

その好調さを支えているのが、平石洋介監督です!!

2018年シーズン途中から、不振の責任を取って辞任した梨田監督の後を引き継いで監督代行として指揮を執り、2019年シーズンからそのまま楽天の監督に就任しました。

平石監督就任は、野球ファンにとっては意外なことだったのかもしれません・・・

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平石洋介の現役時代の成績は?

平石監督は1980年4月23日生まれで、30代での就任ということも話題になりました。

ちなみに、最も若くしてプロ野球の監督(1軍)に就任したのは、選手兼任監督で25歳の藤本英雄(巨人)さんですが、戦時中の人手不足の時期(徴兵があったので)のことなのでかなり異例のことでしょうけど・・・

名選手なら、引退後そのままコーチに就任して1~2年で監督に・・・なんてケースも多かったのですが、平石監督はコアな野球ファン以外、選手としては注目を浴びることはなかったと言えます。

事実、プロ生活6年間で通算打率2割1分5厘で、ホームランは1本、通算安打も37本(これは野手出身の監督の現役成績としては最低だそうです)・・・という成績ですから、「誰?平石って」くらいのインパクトがあるわけです(^^;)

この方、高校時代はPL学園では主将を務め、今は日テレでアナウンサーをしている上重聡さんとチームメートだったそうです。
上重さんは6大学野球で投手として完全試合と達成するなど凄い選手でしたが、肩を痛めたことを理由にあっさりと野球を諦め、アナウンサーの道へ進んだ人です。
甲子園ではあの松坂大輔投手がエースだった横浜高校と大熱戦を演じて話題になりました。

その後、同志社大から社会人野球のトヨタ自動車に進んで、2004年にドラフト7位で楽天に入団しました。

大学・社会人と3割以上の打率で活躍していましたが、「ドラフト7位」というのを見ると当初からあまり期待されていなかったのか・・・と。

2011年に戦力外通知を受け引退。
普通ならそこで合同トライアウトを受けたりして現役にこだわるか、諦めて第2の人生を考えるか・・・といったところでしょうが、シーズン後にすぐに楽天の育成コーチに就任しています。
そこから推測するに、おそらく選手時代も同僚や後輩の指導をしたり、面倒見が良かったりしていたのではないかと思いますね ^^
それが球団に評価されていたので、すぐにポストを用意されたのではないでしょうか?

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その後は、2軍守備走塁コーチから、1軍の打撃コーチ、ヘッドコーチなどを歴任して、監督代行になるわけです。
プロ通算安打数が37本の選手が1軍の打撃コーチをするわけですから、指導の技術は相当なものなのでは?と想像しますね ^^

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平石洋介のような選手時代の成績で、監督はつとまるの?

昔から「名選手必ずしも名監督にならず」という言葉があるように、輝かしい成績を残した選手でも、監督としての成績は悪かった例はいくつもあるわけですが、逆に現役時代がパッとしなくても、名監督と呼ばれるようになることは結構ありますよね ^^

古くは阪急・オリックスの上田監督(わずか3年の現役時代の通算ヒット数56本)や近鉄・オリックスの仰木監督、今でいえば日本ハムの栗山監督などは、現役時代には良い成績を残せませんでしたが、監督として才能が花開いた人たちです。

つまり、選手時代の実績と監督としての成績とは結び付かない・・・ということは言えますね。

それに、ずっと楽天一筋でコーチとして若手を育ててきたわけですから、起用法などもそれが反映されているように思います。

名選手だった指導者では気が付かないような、選手個々の性格や持ち味を把握する能力が長けているのかもしれませんね^^